
―医療費・仕事・生活の質から考えてみる
「歯を1本失ってインプラントにすると30万円くらいかかる」
そう考えると、歯1本の価値はなんとなくイメージできます。
では、背骨はどうでしょう?
もちろん、背骨そのものを買い替えることはできませんし、「健康な背骨は○○万円」という価格もありません。
ただ、背骨の健康を損なったときにかかる医療費や、仕事への影響、生活の質の低下などを考えていくと、その「価値」をある程度お金に置き換えて考えることはできます。
今回は少し変わった視点から、**「健康な背骨にはどれくらいの価値があるのか?」**を考えてみたいと思います。
そもそも「健康な背骨」とは?
最初に大切なのは、僕がここでいう「健康な背骨」とは、レントゲンやMRIでまったく変形がない背骨という意味ではないということです。
背骨や椎間板は年齢とともに変化します。
実際、Brinjikjiらが3,110人の無症状者を対象にまとめたシステマティックレビューでは、椎間板変性は20歳でも37%、80歳では96%にみられると推定されています[1]。
つまり、画像上の変化があることと、痛みや機能障害があることは同じではありません。
ここでは「健康な背骨」を、年齢相応の変化はあっても、痛みや神経症状などによる制限が少なく、仕事や運動、日常生活を続けられる状態として考えます。
背骨を「治す」には、どれくらいのお金がかかる?
まず分かりやすいのが医療費です。
日本の腰椎椎間板ヘルニアの治療費を調べた研究では、椎間板内酵素注入療法で約35万円、内視鏡手術で約81万円、一般的な椎間板摘出術で約87万円という報告があります[2]。
より大きな手術になれば、さらに費用は上がります。
腰椎除圧術では術後1年間の総医療費が約125万円[3]、腰椎後方椎体間固定術(PLIF)では約280万円だったという日本の報告もあります[4]。
もちろん、腰痛のある人すべてが手術を受けるわけではありません。
それでも、背骨の問題によって大きな治療が必要になれば、数十万〜数百万円単位の医療費が発生することがあるわけです。
実は医療費以上に大きい「仕事への影響」
ただ、背骨の健康を経済的に考えるとき、僕がより重要だと思うのが仕事への影響です。
日本の働く慢性腰痛患者を対象とした研究では、77.4%の人が、健康上の問題を抱えながら働くことで仕事のパフォーマンスが低下する「プレゼンティイズム」を報告していました。その程度は平均31.6%でした[5]。
つまり、仕事を完全に休んでいるわけではありません。
会社にも行く。お店にも立つ。家事もする。
でも、痛みが気になって集中できない、動作が遅くなる、長時間座っていられない、重いものを持てない。
こうした**「働いてはいるけれど、本来の力を十分に発揮できない状態」**も、長期間続けば大きな損失になります。
さらに別の日本の研究では、慢性腰痛患者の欠勤や仕事中の生産性低下による間接費は、年間1人あたり約148万円と推計されています[6]。
ただし、この148万円すべてを「腰痛による損失」と考えることはできません。腰痛のない人にも健康上の理由による生産性損失があるからです。
腰痛のない人との差を見ると、慢性腰痛患者では年間約46万円の追加的な生産性損失がみられました[6]。
お金には表れにくい「生活の質」
もう一つ忘れてはいけないのが、生活の質です。
腰痛や背骨の問題で失われるものは、医療費や仕事だけではありません。
旅行に行く。
子どもや孫と遊ぶ。
スポーツをする。
庭仕事をする。
好きな場所へ出かける。
こうした時間にも価値があります。
医療経済学では、健康状態を評価するために**QALY(Quality-Adjusted Life Year:質調整生存年)**という考え方があります。
簡単にいうと、単に「何年生きたか」だけではなく、**「どの程度健康な状態で、その時間を過ごせたか」**まで含めて評価する方法です。
その「健康状態」を数値化する代表的な方法の一つがEQ-5Dです。健康状態を「1=完全な健康、0=死亡」を基本としたQOL値に換算し、その値に過ごした年数を掛けることでQALYを計算します。
たとえば、QOL値0.7の状態で10年間過ごした場合、
0.7 × 10年 = 7 QALY
となります。
実際、日本の腰椎手術の研究では、このEQ-5Dで測定したQOL値が、手術後に約0.21〜0.22改善したことが報告されています[3,4]。
つまり、仮に0.2のQOLの差が1年間続けば0.2 QALY、10年間続けば2 QALYの差になるという考え方です。
もちろん、この研究は手術が必要な患者さんを対象としたものなので、「腰痛があるとQOLが必ず0.2低下する」という意味ではありません。ただ、背骨の問題が生活の質に与える影響を、QALYという共通の物差しで考えるイメージはつかみやすいと思います。
では、「健康な背骨」はいくらなのか?
ここまで紹介した数字を使って、健康の価値をあえて金額に置き換えて考えてみます。
まず、仕事への影響です。
先ほどの研究でみられた慢性腰痛患者と腰痛のない人との年間約46万円の差が、仮に20年間続いたとします。
現在の金額に置き換えて単純計算すると、
46万円 × 20年 = 約920万円
です。
もちろん、実際の20年間では物価や賃金も変化します。また、医療経済評価では将来の費用や効果を現在価値に換算する「割引」も行うため、厳密な金額はどのような前提を置くかによって変わります[7]。
ここで920万円という数字を出したのは、将来の損失額を正確に予測するためではありません。
現在の金額で年間46万円程度の差でも、それが20年間積み重なれば1,000万円近い規模になるということをイメージするための単純な試算です。
では、生活の質についてはどうでしょう。
仮に、腰痛や身体機能の低下によってQOL値が健康な状態より0.1低い状態が20年間続くとします。
すると、
0.1 × 20年 = 2 QALY
の差になります。
日本の費用対効果評価では、「1 QALYを追加で得るために、どの程度の追加費用まで許容するか」を判断する際、500万円/QALYという水準が一つの目安として使われています。
これを「健康そのものの価格」と考えることはできませんが、健康価値の大きさをイメージするための物差しとして便宜的に当てはめると、
2 QALY × 500万円 = 約1,000万円
となります。
仮にQOLの差が0.2なら、
0.2 × 20年 × 500万円 = 約2,000万円
です。
ただし、ここで使った「0.1〜0.2」という数字は、「腰痛になると必ずQOLがこれだけ低下する」という意味ではありません。
先ほど紹介した腰椎手術の研究では、治療前後で約0.21〜0.22の改善が報告されていますが[3,4]、これは手術が必要な患者さんのデータです。そのまま一般の人に当てはめることはできません。
あくまで、長期間にわたって一定の健康状態の差があった場合、どのくらいの大きさになるのかを見るための仮定です。
こうして異なる方向から考えてみると、
仕事への影響 → 現在の金額で20年間なら約920万円 生活の質 → 仮定によって約1,000万〜2,000万円 医療費 → 疾患や治療によって数十万〜数百万円
という規模が見えてきます。
ここで大切なのは、これらを単純に足し算しないことです。
仕事ができること自体が生活の質にも関係するため、生産性損失とQALYには一部重なっている部分があります。日本の医療経済評価でも、生産性損失については効果との二重計上に注意する必要があるとされています[7]。
ですから、
920万円+2,000万円+医療費=背骨の値段
という話ではありません。
それぞれ異なる物差しから健康の価値を眺めてみると、長期的には1,000万円単位、条件によっては数千万円規模になり得るということです。
そこから今回、機能的に健康な背骨を長期間維持する価値をあえて金額に置き換えるなら、**「1,000万〜3,000万円程度の規模になり得る」**と考えました。
ただし、これは研究で「健康な背骨=○○万円」と算出された数字ではありません。
いくつかの研究結果をもとに、健康を失ったときに生じる負担を長期的に考えた、一つの試算です。
だから「カイロプラクティックを受けましょう」ではありません
ここは、カイロプラクターとしてあえて書いておきたいところです。
「健康な背骨には大きな価値がある」
ということと、
「だからカイロプラクティックを受ければ、その価値を守れる」
ということは、まったく別の話です。
今回紹介した研究から、カイロプラクティックによって将来の医療費や生産性損失を何千万円も防げるとは言えません。
むしろ、背骨や身体の健康を守るために、お金をかけずにできることはたくさんあります。
よく身体を動かす。
長時間同じ姿勢を続けない。
適度に運動する。
しっかり眠る。
バランスよく食べる。
そして、自分の身体の変化に関心を持つ。
僕はこうしたことが、まず基本だと思っています。
必要に応じて医療やカイロプラクティックなどの専門家を利用することも、その選択肢の一つです。
大切なのは、「何を受けるか」よりも、自分の身体を長く使っていくために、日頃から健康に関心を持つことではないでしょうか。
健康は「消費」ではなく「資本」
家には値段があります。
車にも値段があります。
銀行口座を見れば、自分がどれくらいのお金を持っているかも分かります。
ところが健康には、値札がありません。
だからこそ僕たちは、健康の価値を過小評価してしまいがちです。
腰が痛くなく普通に仕事ができること。
自分の足で好きなところへ行けること。
子どもと遊べること。
趣味や旅行を楽しめること。
普段は当たり前すぎて、そこにどれほどの価値があるのかを考えることはほとんどありません。
でも、それを医療費や仕事、生活の質という視点からあえて数字に置き換えてみると、健康はかなり大きな「資本」なのだということが見えてきます。
お金については、将来困らないように貯蓄したり、投資したりします。
健康も同じように、
「悪くなったらお金を払って治すもの」ではなく、「今あるものを守り、育てていくもの」
と考えてみてもいいのではないでしょうか。
健康な背骨に本当の値段をつけることはできません。
それでも、長い人生を自分らしく動き、働き、楽しむための土台として考えれば、その価値は僕たちが普段想像している以上に大きいのかもしれません。
参考文献
- Brinjikji W, Luetmer PH, Comstock B, et al. Systematic Literature Review of Imaging Features of Spinal Degeneration in Asymptomatic Populations. AJNR Am J Neuroradiol. 2015;36(4):811-816. doi:10.3174/ajnr.A4173.
- Cost and outcome comparison between intradiscal condoliase injection and surgical treatment for lumbar disc herniation based on real-world data analysis. Scientific Reports. 2025.
- Fujimori T, et al. Cost-effectiveness of lumbar fenestration surgery in the Japanese universal health insurance system. J Orthop Sci. 2018.
- Fujimori T, et al. Cost-effectiveness of posterior lumbar interbody fusion in the Japanese universal health insurance system. J Orthop Sci. 2018;23(2):299-303.
- Tsuji T, Matsudaira K, Sato H, et al. Association between presenteeism and health-related quality of life among Japanese adults with chronic lower back pain: a retrospective observational study. BMJ Open. 2018;8:e021160. doi:10.1136/bmjopen-2017-021160.
- The economic and humanistic costs of chronic lower back pain in Japan. J Pain Res. 2017.
- 国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センター(C2H). 中央社会保険医療協議会における費用対効果評価の分析ガイドライン 第2版. 2019.



















